酒井健司
新型コロナウイルスが猛威をふるっています。第七波で福岡県の感染確認数は7月21日には1万人を超えました。もちろん過去最高です。当院の新型コロナ病棟は、6月は入院している患者数がゼロの日もありましたが、あっという間にほぼ満床となり、ほかの病棟でも受け入れざるを得なくなりました。デルタ株が流行していたころと比べると重症化率や致死率は低いようですが、それでも分母の感染者数がこれだけ増えると重症や死亡の絶対数は増えます。重症者数や死亡者数は、感染者数のピークから遅れて上がりますので警戒が必要です。
重症化率が下がった要因は複数考えられます。ウイルス変異による病原性の低下、ワクチン接種や既感染による免疫の形成、そして治療薬です。現在、いくつかの抗ウイルス薬が使用できますが、いまのところは広く使われている国産の新型コロナ治療薬はありません。当初期待された「アビガン」は、残念ながらあまり結果を出せず、2022年3月で治験が打ち切られました。
塩野義製薬の「ゾコーバ」は治験が進行中です。塩野義製薬は「緊急承認制度」に基づいて承認を目指していました。通常であれば第三相試験まで終わらないと承認されないのですが、効果が推定できれば特例として承認されるのが緊急承認制度です。しかし、2022年7月、薬事審議会などの合同会議で緊急承認の適用は見送られました。第二相試験までのデータでは効果を推定できないという判断です。
塩野義製薬の主張は、第二相試験までのデータでも呼吸器症状の改善に統計学的有意差がみられたというものです。せき、のどの痛み、鼻づまりといった辛い症状を改善させるのが本当であれば有用です。ただ、事前に設定されていた主要評価項目(吸器症状に加え倦怠感、筋肉痛、頭痛、吐き気、嘔吐を含めた12症状の合計スコア)では有意差は認められませんでした。
呼吸器症状の改善は事後解析によります。主要評価項目が達成されていなければ、事後解析で有意差があったとしても効果を証明したことにはならないのがルールです。臨床試験では多くのデータが得られますので、薬にまったく効果がなくても、さまざまなデータを組み合わせて事後解析すると、見かけ上の統計学的有意差を出せます。厳しいようですが、効果の乏しい薬をさも効果があるかのように見せかけたインチキまがいの研究が多発した過去の反省を踏まえて定められたルールです。
ただし、「効果があることを証明できなかった」からといって「効果がないと証明された」わけではありません。まだチャンスは残っています。現在進行中の第三相試験では効果を証明できるかもしれません。感染症に対する薬は耐性が問題になりますので、治療薬の選択肢が多いにこしたことはありません。第三相試験の結果は11月にはまとまるそうです。期待して待っています。(酒井健司)

- 酒井健司(さかい・けんじ)内科医
- 1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。
からの記事と詳細 ( 塩野義製薬の新しいコロナ治療薬候補、なぜ緊急承認が見送られたか:朝日新聞デジタル - 朝日新聞デジタル )
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待っています
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