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Wednesday, April 5, 2023

「新たな開拓者として」避難指示解除で帰還、ラベンダーの花言葉 ... - 東京新聞

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避難指示解除に合わせてできた町営住宅前に、ラベンダーを植える紺野宏さん(右)ら帰還する住民ら=5日、福島県浪江町で

避難指示解除に合わせてできた町営住宅前に、ラベンダーを植える紺野宏さん(右)ら帰還する住民ら=5日、福島県浪江町で

 東京電力福島第一原発事故で帰還困難区域となり、3月末に一部の避難指示が解除された福島県浪江町の津島地区。新たにできた町営住宅で5日、戻った住民が、他の住民の帰還も願いラベンダーを植えた。津島は戦後、多くの開拓者が入り山を開き入植した。夫婦で帰る紺野宏さん(63)は「新たな開拓者として戻ることを決意した。まずは田畑から故郷の風景を戻したい」と話した。(片山夏子)

◆「故郷の風景取り戻す」

 周辺の山々に桜やコブシが咲き乱れる中、避難指示解除に合わせて造られた町営住宅には、宏さんら帰還する住民が集まり、「あなたを待っています」という花言葉のラベンダーを植えた。「やっぱり空気がいい」「毎日眺めていた山を見ながら暮らせる」「家の明かりを見て、津島に人が帰ってきたって思ってくれたら」。植栽後、津島での生活を楽しげに語り合った。

柱や梁を残し200年続く家(右奥の赤い屋根)を以前と同じように再建し、農地管理してきた土地に立つ紺野宏さん。

柱や梁を残し200年続く家(右奥の赤い屋根)を以前と同じように再建し、農地管理してきた土地に立つ紺野宏さん。

 宏さんは今は避難先の郡山市で生活するが、5月には津島に引っ越す予定だ。避難指示解除に合わせ、200年以上続く家を津島松の太い梁(はり)や柱を残し、壁の色も前とほぼ同じにしてリフォーム。周辺の家々が解体される中、「前と同じ風景を残したかった」と言う。

 2年半前から始まった、除染終了後の農地管理をする復興組合の20人にも手を挙げた。これまで約60ヘクタールの田畑を除草や田起こしし、維持してきた。本年度からようやく営農に向けた試験栽培が始められる。田畑から以前の津島の姿を取り戻していきたいと願う。

◆「小さな灯」を後世に

 プレッシャーもある。宏さんには後を継ぐ子どもがいない。「最近夢を見る。苦労して家を再生したが、自分が死んだらどうなるのだろうと、夜中に寝汗をかいてはっと目が覚める」。だが3人のきょうだいも8人のおいめいも、家が残ることを喜び、おいの1人は友達と遊びに来てくれた。

 宏さんの「新たな開拓者として」との決意は固い。戦後、多くの開拓者がクワ1本で山を開いた。開拓者の入った国有林は山の斜面などで田畑にもしにくかった。そこに酪農が入ってきた。「牛3頭飼えば家族が暮らせる。あばら家だったけど、子どもたち4人を学校に出せた。ありがてー」と言っていた牛飼いの開拓者の言葉を宏さんは忘れられない。

 「入植者は苦労に耐え、豊かなコミュニティーを築いた。俺の苦労はその1000分の1。自分がこれからともす小さな灯が、後世につながっていったら」

 浪江町の復興拠点の避難指示解除 帰還困難区域のうち特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示が3月31日、解除された。室原、末森、津島地区の計約6.61平方キロに加え、大堀地区の窯元など約20カ所。津島地区は12年前の原発事故時には1460人が住民登録。地区全域の約9550ヘクタールが帰還困難区域となり、うち1.6%に当たる153ヘクタールしか解除されておらず、大半が戻れない。

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